こんにちは、アニメーター・イラストレーターのかんざきかりんです。

 

今日はとっても雑談です。

突然ですが、私の人生は、

「絵がうまくなりたい!」

 

と思いながら、右往左往、もがきつつ、地を這うように? 歩んでまいりました。

近年、イラストレーターにとって「絵が上手い」とか「絵の良さ」について、

こういうものだな〜という捉え方が出来上がったので、

ふと、今日はそれについて解説してみたいと思います。

 

そんなこと意味あるのか?よくわからないのですが

絵が上手くなりたいけど、何がいけないのか、どうしたらいいかわからない、というような時

自分を客観視するために役立つのではないかな~と思っています。

スランプになる構造を解明できるかもしれません^^(いやどうかな)

例によって主観的なものなので、絶対正しい!ということはなく、話半分、参考までに。

LINEスタンプ ねこ

 

さて、早速言い切ってしまいますが、ズバリ絵のうまさ・良さとは・・・

技術感性バランス

 

で成り立っているのではないかと思っています。

それはある意味、

左脳と右脳のバランス、(使ってる比率?)

とも言えるのではないかなあと、思うんですよね。

 

脳についてすごい詳しいわけでもないので、

左脳=論理右脳=天然

みたいな単純なイメージです^^

 

LINEスタンプ 三毛猫

技術とは

「技術」はもちろん、絵を描くための技術ですね。

デッサン力、画材の扱い方、遠近法の理解(パースですね)・・・などなど。

経験を積み、熟練していきます。

もうこの仕事で死ぬほどタヌキを描いたわ〜、という場合

脳にしっかりタヌキの回路ができて、何も見なくてもその後の人生ではタヌキはスラスラ描ける。

 

技術は、職業で絵を描くためにはかなり必要なことですが、

例えば小さい子供の描く絵は、技術はいらないと私は思っています。

感性だけで描ききればいい、

下手に技術を教えて感性が死んでは意味がない~

(なので、幼稚園や学校の図工の先生には、子供達にのびのび描かせてあげてほしいです)

中学生くらいになって、漫画を描きたいとか、アニメーションやりたいとか思うと

パースがわからなければ描けない!と気がつき、学ぶ必要が出てきます。

技術は教われるもの。

教えることもできる。

3

 

感性とは

技術は教わればわかることで、熟練すると誰でも同じように(現実はレベルの差が激しいとしても)

できるもの、身につけられるもの。

それに対して感性はオリジナル性の高いもの、というか

その人そのもの

その人が自然の造形に惹かれる性分なら、

人生で目に留めてきた、感動してきたそれらの造形が脳に刻み込まれていて、

それを技術を使って描きだすことができる。

猫が好きで、飼っていてよく観察していたら、

柔らかいしなやかな猫らしさを描きだすことができる。

つまり絵が生き生きしていると、感性がある、と言えるんじゃないかな。

車が好き、ロボットが好き、女性が好き、子供が好き、動物が好き、

花が好き、街が好き、自然が好き・・・

自分が心惹かれるものに対する愛。

色使い。

物の質感のらしさ。

「こういう感じを出したい!」と思って描くとき、

必死に右脳をリサーチしているような気がします。

 

挿絵や漫画、アニメーションなど、キャラクター・登場人物がいるジャンルでは

キャラクターの表情など、単に記号のように泣いてる怒ってる笑ってる、

という目鼻口のマークでなく、

実感のある芝居、表情をつけられるかどうかが重要になってきますが、

同じ気持ちを人生で自分も味わった経験がある方が、

あるいはじっくり人を観察してきた人の方が、

断然素晴らしく、見た人の共感を呼ぶ仕上がりになるはずです。

それも感性。

二つとして同じものはないもの。人に教わったり教えたりできないもの。

技術は人を感心させることができる。

感性は人を感動させることができる。

赤ちゃんの水彩画1

 

技術感性のバランス

例えば、「ヘタウマ」と言われるジャンルの絵は

感性が重要で、技術はあまり問われない。

抽象画も感性がより大事。

高い技術が要求され、感性をあまり入れない方がいい(のかな?)のは、

建築パースイラストみたいなジャンルでしょうか。

主観をあまり入れないで正確なほうがいい。

図鑑の絵のようなリアルイラストも、技術が高い比率。

(それでも感性も入ってきます、決してゼロではない。)

建築 イラスト 

 

イラストレーターにとってどっちが大事?

というと、私は本当にどっちもだなって思います。両輪でしょうか。

こういう風に描きたい、こういう感じを出したい!(感性)と思うのに、

画力(技術)がないのは辛い。腕がなくて表現できない辛さ。

逆に、

画力(技術)にこだわり正しさを追求し必死に勉強しているうちに、

絵が硬く死んでいく(感性が出せない)ということもある。

どっちも必要でバランスをとりながら、クライアントの要望に沿っていくわけです。

 

技術を身につけると、確実にお仕事になりますよね。

熟練してない人にはすぐ描けないから、専門職です。

でも「自分だけにしかできないこと」ではないので、

「あなたの代わりはいくらでもいるのよ」

と、なりやすい。同じくらいでは安いほうへ流れてしまう。

 

一方、感性だけが高くても、必要とされるジャンルや内容とマッチしないと、

すぐにはお仕事になりにくい。

でも「この人の絵のこの感じが大好き!」という熱心なファンがつくんですね。

魅力的な絵、命が入っているような感じ。

絵そのものを売る芸術家はそのバランスでいいわけです。

オオサンショウウオキャラクター

 

スランプの構造(私の場合)

うわーーいじりすぎてなんだかわからなくなった!

だめだ、どうしても上手く描けない!

ということが私はよくあって、落ち込んだものですが、

そういうときは左脳的、技術に偏っている時です。

こういうふうに描けなきゃ、理屈どおりにしなきゃ、あの人みたいに描けないとー

およそ自分じゃない者になろうとしている時。

技術が足りなくて焦ることもありますが、焦ったところで今日明日に改善するものでなし、

その時点の技術力で、自分の感性を出し切るしかないのです。

そうなった時の自分への処方箋はこうです。

「上手く描こうとするな!こういう感じを出したい、と思って描け!」

感性ほとんどで描いている人はこういうことにならないんじゃないかなあ。

憧れます。

 

これからの時代のこと

画材のデジタル化、3Dモデルソフト、イラストフリー素材の出回り、AIによる自動着彩・・・

ものすごい変化が訪れていますよね。

もちろん、まだプロの人間がやった方が品質が良くても、

そういった品質を見極められるお客さんも少ないかもしれません。

2年くらい前AIによる自動着彩の噂、レンブラント風に絵が描けちゃう!とか聞いた時

恐ろしい!と思いました。商売上がったりじゃない!

でも時代の流れは止められませんし。

今までだって、文字手書きでレタリングしていたのがイラレになり、

絵の具で塗ってたセルアニメーションがデジタルになり、

時代は移ってきたので。

そうすると、技術より感性がずっと重要になってくるのかもしれません

理屈どおりに描くことは機械がやってくれちゃうので、

作家性がより必要に。

レンブラント並みにとはいかなくても、

熟練すれば自分のタッチを「商品」として売れちゃうのかも。

それでロイヤリティ入ってきて収入になって、好きな絵描いて暮らせないかしら(笑)

なんてこともあるかもしれないですよね。

 

 

そして、そんな時代だからこそ、アナログの絵の希少性は高まるんじゃないでしょうか。

タッチを売るということも視野に、そして

「飾れる絵」として、ひとつ、アナログの画材での絵を得意として描き続けていくのも

大事なんじゃないかな〜

と思っています。

image

 

本音で生きる。自分らしくやっていれば、どんな時代になっても大丈夫。

なんとなーくそんな気がしている今日このごろ。

 

長文、お読みいただきありがとうございました^^

いつも無駄にごちゃごちゃ考えているのでまとめてみました。

イラストに限らず、クリエーターさんのご参考になれば幸いです。

 

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